野池はいつかなくなるの?

いつぞや職場の先輩とナマズを釣りに池へと出向いた時の話です。その先輩曰く、「池はほっとけばいずれなくなる」のだそうです。その時は「へー、そうなんだー。へー、池がねー」くらいにしか思っていませんでしたが、数年たった今、“本当に池はなくなるのか?”と興味が湧いて調べてみたくなりました。

水が蒸発して干からびてなくなるのかなあ、という想像もしてしまいましたが、今回はそんな池の行く末について見ていこうと思います。

池の定義

さて、まずは“池”と言っても、そもそも池ってなんだ?ってところからですね。これは地面の凹んだところに水が溜まっていれば池と定義していいようです。

「そんなもん水溜まりやんけ!」

と言われそうですが、水溜まりも水が溜まり続ければ池になるわけで、ルー大柴さんが「チリも積もればマウンテン」なんて言ってましたが、「水も溜まれば池ポンド」ってなるわけですよ。

そんな水溜まりが乾いてしまえば「池が干上がった」ということになるんでしょうね。つまり「池はいずれなくなる」という先輩の言葉は間違いではなかったようです。

おしまい

うん、おしまいじゃないんです。

おそらく先輩は上記のような意図で言ったわけではないはずです。ガチガチの池、「ガチ池」がなくなるってことを言いたかったはずです。

話が逸れてしまいますが、池と沼の違いは明確には存在しないことが多いようです。“沼”って聞くと“底なし沼”に代表されるような泥がいっぱいで水が少ないものを私は想像していましたが、言ったもん勝ちなところもあるようです(草の生え方をもとにした分類方法はあります)。今回は池と沼についてはなんとなくな感覚でいいでしょう(適当)。これらをひっくるめて「池沼(ちしょう)」と言いますが、今回はずっと「池」と言い続けることにします。

池の成り立ち

じゃあ、池はどうやってできるの?ってことですが、雨や湧き水など自然の影響によって、徐々に地面の凹みへ水溜まりが形成されていきます。これが一番ナチュラルな池ですね。これらを農業用水などに利用する目的で人が手を加える、または初めからその目的で人工的に作る、という形で現代の池は整備、改良されていることが多いです。これらは溜め池や貯水池と呼ばれます。

溜め池などの人の手が加わっているものは、それが続く限りなくならないのでは?と思います。しっかりとした給水も確保しているでしょうし、土砂の堆積を防ぐ工夫や除去もされているはずだからです。そうでなければ本来の貯水という目的を果たせません。

もっとも問題になるのは「人の手が入っていない自然の池」と「人の手が入らなくなった溜め池」です。

人に管理されている池は除草や清掃が定期的に行われています。しかし人の手が届かない池は完全に受け身で、ゴミや土砂を受け入れるしかありません。よってヘドロなどの堆積により、水深が浅くなっていくことが予想されます。また、水源の確保ですが、川や湧き水の流入に頼らない、雨などによってできたものは枯れてしまうものが多くなるでしょう。

2016年に起きた熊本地震で地下水脈に異変が起き、池や温泉が枯れたというニュースがありました。池は水を貯えることで地表が粘土化して浸水を緩やかにしますが、プールのように防水加工されたコンクリートで作られているわけではないので、水源がなくなれば徐々に干上がっていきます。

このような事例は稀ですが、確かに「池はいずれなくなる」ようです。とくに土砂の堆積よりも、水源の確保が死活問題と言えます。

バス釣りをする人たちが“野池”と言いますが、これは溜め池を指すことが多いように思います。私も野池と呼ばれるスポットを巡ったことがありますが、今思えばほとんどが整備された溜め池でした。

溜め池の場合、農業用水として大量の放水と貯水を繰り返すので、水の出入りが激しく、それに伴って新たな生物が入って来る頻度も高くなります。ブラックバスは本来、日本の池には住んでいない外来魚なので、こういった流入がない限り池にやって来ることはできません(もちろん、悪質な放流という行為はないものとしてお話しています)。

その点、自然の池は故意に放水をしないので水の出入りは多くなく、新たな生物が移り住む頻度は低くなるでしょう。ブラックバス自体がいないので、“野池”として訪れる人が少ないのかもしれません。

外来魚コラム第1弾はこちら▷【外来魚との付き合い方】

まとめ

結論から申し上げますと池はいずれなくなります。はい、なくなっちゃいますね。カラッカラです。

湿地という言葉を聞いたことがありますよね?

これは池や沼をはじめ、湖や干潟なんかも含まれるものですが、とにかく水でびちゃびちゃな土地の総称として使われます。この中には“湿原”というものが含まれるのですが、長い年月をかけて池や湖に土砂や枯れた植物が堆積した、文字通り湿った原っぱのことを指します。まさに「チリも積もればマウンテン」ですね。

有名なところでは釧路湿原があげられますが、1947年には約280㎢あった面積が2000年には約190㎢にまで減少したというデータもあり、約50年間で30%以上が失われたことになります。

このことから、「池はほっとけばいずれなくなる」というのは間違いではないのだと思います。

ただ、これはあくまでも今回私が調べたことをもとに出した結論なので、偉い学者先生からしたら「適当なことを言うな!」とか言われそうですが、それはごめんなさい軽率でした。

面積の広大さもありますが、人の手が加えられている釧路湿原でさえ面積の減少が起きています。私たちが日頃から釣りを楽しんでいる池も、永遠に続くものではないのかもしれません。

もちろん、この記事を読んだからといって、消失しかけた池の面積が広がるわけではありません。知識を得たからといって、今すぐ池の保全に貢献できるわけでもありません。しかし、何かを知ることで、これまでとは違った視点から見つめ直せるものもあるはずです。

「池がなくなるからなんなんだ!!」

と言われてしまいそうですが、永遠ではない貴重な資源として、水辺についての知識を得るのも悪くないものですよ。

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